もし親や身内が認知症になったとしたらどうなるか?最初は受け入れたくない混乱が起き
次に受容、諦め、後は坂道を転がり落ちるような生活の乱れと歪み。
誰かがその道筋で気付いてくれたらまだいいが、家族というのはたいがい似たような
考えの集団グループであるからなかなか第三者の他人に託すことができない。
ましてや自分も同じような病になるのではないか?という不安や恐れも忍び寄ってくる。
今、家族が家族を殺めるという介護殺人が増えている。家族同士で殺し合う、共に死を選び人生の幕引きをするという選択が果たして
ありなのでしょうか?
「家族という病」という本があるように家族の病は伝染するのも早い。
一緒に暮らしていれば、性格や考え方も似てくるのは否めない。迷惑をかけたくない!と言いながら気を使いあい結果的には共倒れになっていくのが現状である。
誰 かが病に倒れたら家族が面倒を見る。という考えは実はかなり無理があることだという事を提唱したい。家族の一員が病の時は誰かがその分働いて養わなければ ならないのに、一人に付きっ切りになるという事は、他の家族に当然しわ寄せがくるし社会生活や社会参加にも影響が出てくる。
もちろん側に寄り添うということは大切なことである。しかし寄り添ってばかりではお互いにわがままが出てきて自己中心的な相手をコントロールする事に意識が向いてしまう。
真面目な性格だったり完璧主義を貫く人ほど相手の病状の出方に一喜一憂してしまい、うまくいかなかった時にはさらに落ち込み自己嫌悪すら感じてしまう。
俯瞰して上から双方を見る眼ができれば介護殺人のような全面的に八方ふさがりのような事態にはならない。
特効薬やサプリメントなんでもいいからまずは認知症を改善することを目指すこと。
そして家族では完璧な介護チームはできないと思い知ること。場合によっては施設に入った方がお互いに良い事もある。
他者を受け入れること。自分の頭の蝿も追えない人に介護人を思い通りにする権限などあり得ないこと。
長 生きは医学の進歩というが実はそれは間違った認識でもある。長生きは様々な病気を作る要因となった。飽食や文化文明の発展も贅沢病やガンという副産物を生 んだ。認知症は長生き病とも言えるくらい、脳が劣化してくる病でもある。さらに高齢になり身体や心が思い通りにならないことから人は膨大なストレスにさら される事態に陥った。
ストレスに対する耐性が極端に少なくなることを体験する。
人間が最後まで人間らしく生を全うすることがこれほどまでに難しい時代が来ることを誰が想像したのだろうか?

これからの時代、認知症の方とどう向き合うか?

それが課題である。
認知症は怖くない!

主役は私たちである!